こととしてのからだ 2

からだの こと “殊”  “異”  ”言“ に気づこうとすることから、

こととしてのからだに向かうことがはじまるようです。

こととしてのからだの感覚を当たり前のように持っていた古代の人々から、これらの文字が生まれたんだなあ。

それを今、私は逆から辿っていこうとしている、、。

 

「動きの感覚とは、からだの中身の差異を感じとり、その変化・流動・関係を感じとる感覚である。」 野口三千三